新型コロナ後遺症の原因の手がかり

自己免疫の役割を確認
加藤忠史 2024.09.21
誰でも

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2019年に出現し、日本では2020年初めのダイアモンドプリンセス号事件を皮切りに始まった新型コロナ感染症(COVID-19)のパンデミックは、昨年、5類感染症へ変更され、少しずつ状況は改善しているものの、今も繰り返し流行が起きており、予断を許さない状態です。既に国民の6割以上が免疫を持っていると考えられますが、特に初期に感染し重症化した方の中には、今も後遺症に苦しむ方がいらっしゃいます。しかし、なぜ新型コロナ感染症に限り、後遺症が続くのか、その原因はわかっておらず、新型コロナ感染症の後遺症の治療は、対症療法の域を出ていませんでした。

この新型コロナ感染症の後遺症に関する最新研究が、Neuro2024という学術大会で報告されたので、ご紹介します。

Neuro2024における新型コロナ感染症後遺症の発表

Neuro2024は、日本神経科学学会日本神経化学会日本生物学的精神医学会の合同大会で、今年7月に行われました。神経科学と生物精神が合同大会を行うのは今回始めてです。(僕としては、副理事長を務めている神経科学、理事長を務めている生物精神は、毎年参加しているので、一回にまとまって開催されることになって、大変助かりました。) 

この大会の「塚原賞受賞講演」で、新型コロナ感染症の後遺症に関する重要な研究内容が発表されたのです。

神経科学の2つの賞ー塚原賞と時実賞の微妙な違い

研究内容の前に、塚原賞について少しご説明しましょう。

日本神経科学学会の学会賞に近い位置づけの賞として、塚原賞と時実賞があります。

塚原仲晃記念賞は、神経可塑性、特にシナプス発芽の研究で世界的業績を上げながら、JAL機の御巣鷹山への墜落事故で惜しくも亡くなった神経生理学者、塚原仲晃先生を記念して設けられた賞で、ブレインサイエンス振興財団が、賞金100万円と共に授賞しています。50歳以下限定(ただしライフイベントによる研究中断を考慮)です。

時実利彦記念賞は、東京大学脳研究施設の初代教授で、岩波新書「脳の話」の著者であった時実利彦先生のご夫人が寄附された基金を元に運営されている公益信託時実利彦記念脳研究助成基金が、副賞200万円と共に授賞しています。こちらは年齢制限はありません。

以前は両賞を受賞した方もいらっしゃったのですが、現在は、同じ人には授与されない雰囲気となっています。(どこにも書いていないので、あくまでも雰囲気としか言えませんが…。) 

2つの賞には、塚原賞の賞金は、受賞者に直接与えられる一方、時実賞の副賞は「研究費」のため、所属施設に研究費として入金されるという微妙な違いがあります。時実賞を受賞するクラスの研究者は、年間億単位の研究費を獲得して研究していますので、研究費が200万円増えることのインパクトは、塚原賞の賞金100万円とは少々違うのが正直なところではないでしょうか。(なお、今年や、僕が塚原賞を受賞した2013年のように、受賞者が2名だと、賞金も2人で分ける形になります。)

さて、今年の時実賞は、パーキンソン病の原因遺伝子を世界で最も多く発見した、僕が大変お世話になっている順天堂大学の服部信孝教授と、大脳基底核に、直接路・間接路に加えて「ハイパー直接路」があることを発見した、生理学研究所の南部篤教授が受賞されました。

一方、塚原賞は、ブレインマシンインターフェースを通して運動の神経メカニズムを探究されている東京都医学総合研究所の西村幸男先生と、COVID-19の研究で有名な免疫学の権威であり、最近は神経免疫学の研究も進められている、Yale大学の岩崎明子先生が受賞されました。

岩崎明子先生の驚くべき受賞講演

受賞者のうち、3人の先生方のお話は、よくお伺いしているのですが、岩崎明子先生のお話は、少し領域が異なるため、初めて伺い、大変驚きました。受賞講演では、Long COVID(新型コロナ後遺症)のメカニズムについて講演され、本学会でも最も印象に残る発表の1つになりました。

Long COVIDは、COVID-19に罹患後に、呼吸器症状や、倦怠感・筋肉痛などの他、記憶障害、集中力低下、頭痛、抑うつなどの中枢神経症状が続くものです。つかみどころのない症状で、研究が難しく感じていましたが、UKバイオバンクという大規模なコホート研究の中で、COVID-19罹患前後に比較した結果、COVID-19に罹患した人では、脳の一部の体積が減少し、認知機能障害を伴っていたという研究がNatureに報告され、衝撃を与えました。

コロナ後遺症でコルチゾール低下

岩崎先生達が、Long COVID患者のコホートにおけるメタボローム解析を行った結果、コルチゾールの低下が特徴的だったとのことです。

ストレスホルモンとも呼ばれ、副腎から分泌されるコルチゾールの増加は、内科領域ではクッシング症候群という内分泌疾患のサインです。通常は、コルチゾールが上昇すると、脳を介して、コルチゾールの分泌を抑制します。ところが、うつ病になるとこの仕組み、すなわち「ネガティブフィードバック」機能が障害されてしまい、コルチゾールが上昇してしまいます。(すなわち「非抑制」パターンです。) 

一方、PTSD(心的外傷後ストレス症)では、逆に、コルチゾール値がそれほど高くなくても、ネガティブフィードバック機能が働いてしまう、「過抑制」という現象が知られています。従って、Long COVIDにかかっている方の所見は、うつ病よりも、PTSDに近いということになります。

Long COVIDに罹る方は、重症な新型コロナ感染症(COVID-19)を罹患した方が多いため、ひょっとしてCOVID-19罹患経験によるPTSD的な側面もあるのかも知れないと思いました。

コロナ後遺症の原因は自己抗体か

また、Long COVID患者では、神経系の蛋白に対する自己抗体が見られたといいます。すなわち、COVID-19感染症に対する反応として作られた抗体が、自分の身体、しかも脳を攻撃してしまうようなのです。

しかも、驚いたことに、痛みを有する患者から精製した免疫グロブリン(IgG)をマウスに注射すると、マウスに痛覚過敏を引き起こし、一方、めまいを持つ患者のIgGをマウスに注射すると、協調運動の障害を引き起こしたとのことです。

新型コロナ後遺症患者における自己抗体上昇。A:参加者の血漿をHuProtマイクロアレイとインキュベートし、ヒトIgGに対する二次抗体でプローブし、マイクロアレイスキャナーを用いて陽性ターゲットを同定した。B. 各ポイントは個体の陽性ヒット数を示す。新型コロナ後遺症患者(LC)では、対照群に比して、自己抗体が多く検出された。

新型コロナ後遺症患者における自己抗体上昇。A:参加者の血漿をHuProtマイクロアレイとインキュベートし、ヒトIgGに対する二次抗体でプローブし、マイクロアレイスキャナーを用いて陽性ターゲットを同定した。B. 各ポイントは個体の陽性ヒット数を示す。新型コロナ後遺症患者(LC)では、対照群に比して、自己抗体が多く検出された。

通常、学会での講演内容をこのように公開の場で書いたりはしませんが、この驚くべき研究成果は、既に、プレプリントサーバーに掲載されています。プレプリントサーバーとは、出版前の論文原稿を登録するもので、論文が受理されるのを待たず、いち早く世界に情報を伝えるために使われています。この、プレプリントサーバーに掲載された論文がどこに掲載されるのかわかりませんが、並の雑誌に掲載される論文でないことは間違いありません。

自己抗体によって起きる自己免疫性脳炎は、映画にもなった抗NMDA受容体抗体脳炎を始めとして、さまざまな病型が知られています。さらに、統合失調症の一部でも、その発症に自己抗体が関係していることを東京医科歯科大学の塩飽裕紀先生が報告され、トピックになっています。しかし、Long COVIDの発症に自己抗体が関与していることは驚きでした。

現状では、非特異的な症状であるだけに、心の問題という誤解を招きかねない、新型コロナの後遺症ですが、そのメカニズムに自己抗体が関わっている可能性があるという岩崎先生の発見は、今後、新型コロナ後遺症の治療にも大きく影響してくることでしょう。

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