Shrink第3話に見るヨワイ先生の精神療法的アプローチ

ボーダーラインパーソナリティ症の精神療法とは?
加藤忠史 2024.09.14
誰でも

Shrink第3話

Shrink第3話は、ボーダーラインパーソナリティ症のお話でした。第1話、第2話にも増して、重厚な話でしたね。

ボーダーラインパーソナリティ症な人がテレビドラマに登場することは今までもよくありました。しかし、単にそういうキャラクターの人として描かれ、消費されるだけで、こうして人生を取り戻していくプロセスを丹念に描いたドラマは初めてではないでしょうか。当事者の方に、そして周囲の人たちに、ボーダーラインパーソナリティ症から回復していくことができるのだ、というロールモデルを提供したという意味で、非常に意義のあるドラマだったと思います。

ヨワイ先生の選択

この第3話では、第1話に続き、ヨワイ先生の過去についても触れていました。ヨワイ先生は、元々は研究を目指していたのに、婚約者が亡くなるアクシデントにより、違う道に進んだのですね。

松野先生からの「お前の頭脳はもっと世界に役立てるべきなんだよ」という言葉に、ヨワイ先生は「そんなことよりも、もっと大事なことがあるんだ」と答えていました。しかし、研究と臨床、どちらかを選ばなければならない、というのも、白か黒か、全てか無か思考ではないでしょうか。言うまでもなく、目の前の患者さんの治療と、何十万人の患者さんの治療につながるかも知れない研究は、両方大事で、少なくとも僕自身は、両方続けてきたからこそ、やってこられたと思っています。

どうなる、ドラマShrink

それにしても、ドラマ「Shrink~精神科医ヨワイ」は、ヨワイ先生の過去に触れたまま、この第3話で終わってしまうのでしょうか? ぜひ他の話もドラマで観たいですね! 

とはいえ、これだけのクォリティのドラマを毎週放送するのは困難だろうとも思います。大事に、丁寧に作っているからこそ、良いマンガ、良いドラマなんですよね。時間はかかっても、いつかシーズン2が放映される日が来ることを祈るばかりです。

ドラマは終わりましたが、ニュースレターは引き続き配信して参ります。この「精神科医/脳科学研究者 加藤忠史のニュースレター」は、脳とこころに関する出来事、論文、ニュースについて、精神医学・脳科学の舞台裏を交えながら、解説していきます。よろしければご登録下さい。

テレビドラマとボーダーライン

さて、ここから先は、ボーダーラインパーソナリティ症の方にとっては、辛く感じるところもあるかも知れませんので、読者限定としておきます。

第1話のパニック症は、テレビで広く啓発されることで、病気をよく理解していただける、と書きましたが、上で述べた通り、ボーダーラインパーソナリティ症と診断される程ではないにせよ、境界性の心性を持ち、感情の起伏が激しく、相手を理想化したと思ったら突然手のひらを返す…といった登場人物は、テレビや映画ではしばしば描かれてきたように思います。

今回登場した風花さんも、テレビ的にはそれほど違和感がなかったのではないでしょうか? 好きと言っていたのに「ヤブ医者! 二度と来ねえよ!」と突然キレたり、「教師と内緒でこそこそ会っているよね」「医者と看護婦ができていて…」などの妄想様観念などまで行くと、通常のテレビドラマのヒロインの範疇を少々超えているかも知れませんが。

双極症とボーダーライン

初診時、楓花さんが「双極じゃないんだ…」と言っていましたが、確かに、双極症とボーダーラインパーソナリティ症は鑑別が難しい場合も少なくありません。実際には、同じ患者さんに対して、精神療法的にアプローチしようとする精神科医はボーダーラインパーソナリティ症と考え、薬物療法的にアプローチしようとする精神科医は双極症Ⅱ型と診断する、という風に、同じ患者さんに対して異なる診方をしている、という面もあると思います。

限界設定とは

ヨワイ先生が風花に、「ルールを決めておきましょう。緊急の場合を除き予約は週2回まで。電話はクリニックの受付時間のみ」と話していたのは、「限界設定」というボーダーラインパーソナリティ症に対する精神療法の基本的な心得です。また、雨宮がヨワイ先生に、「いつもと違ってなんか冷たくないですか?」などと言っていましたが、この、一定の距離を保つ、というのも、ボーダーラインパーソナリティ症の診療において重要なポイントです。

精神科に限りませんが、ドラマで描かれる理想的な医師といえば、いつ何時でも相談に乗ってくれて、何処へでも駆けつけてくれる医師でしょう。しかし、精神科、とりわけボーダーラインパーソナリティ症の治療においては、それがマイナスに作用してしまうのです。診療時間後にも相談に乗ってくれた、と安心できるなら良いのですが、もっと夜遅くに相談したら断られて見捨てられるのではないか、と不安になってしまい、どこまでも相手を試さないと安心することができないからです。ドラマ内の早乙女のような距離の取り方は、患者さんを不安定にしてしまう訳です。そのため、限界設定をして、一定の距離を保って診療することの方が、ボーダーラインパーソナリティ症の患者さんの安定につながるのです。

ボーダーラインパーソナリティ症の精神療法

ヨワイ先生は、この限界設定を行った上で、風花の行動を時には精神分析的に解釈しつつ、認知行動療法、ソーシャルスキルズトレーニングと、さまざまな精神療法のアプローチを次々と繰り出し、風花の治療に当たっていました。

認知行動療法は、うつ病を始めとする多くの精神疾患に用いられますが、ボーダーラインパーソナリティ症に特化した手法が弁証法的行動療法です。弁証法というのは、二つの矛盾した要素があるときに、これを止揚(アウフヘーベン)し、より高い次元へと発展させることで解消する、という意味だと思います。今回、ヨワイ先生が診察室で用いた技法自体は、通常の認知行動療法に見えましたが、全体を通しては、風花自身が変化するということ、風花が自分を受け入れること、という2つの異なる目標を統合していく様子がよく描かれていたと思います。

前述の通り、ボーダーラインパーソナリティ症と双極症Ⅱ型の鑑別は容易ではありませんが、最近はやや双極症Ⅱ型と診断されやすい傾向があるように思います。通常の保険診療の中では、専門的な精神療法は難しく、薬物療法的アプローチを中心とせざるを得ない、という面もあろうかと思います。

ヨワイ先生の治療により、風花が成長していく様子は感動的でしたが、こんな風にボーダーラインパーソナリティ症の精神療法にじっくり取り組める治療の場は、現代の日本では、非常に限られていると思います。

もし、このような治療を受けたい、ということで、第3話の医療監修をされた林先生のところにボーダーラインパーソナリティ症の患者さんが殺到したとしたら、あっという間に外来はパンクしてしまうでしょう。このような治療の場を、いったいどのようにしたら実現できるのか、と考えさせられました。

***

なお、第2話についても、現実の精神科医はここまで付き合ってくれないのではないか、という意見もあるようですので、第2話の医療監修をした者として、治療構造の観点から説明いたします。

第1話については、行動療法で現地に医師と看護師が付き合うことはなく、ドラマだから、などと書いたのに、第2話では特にコメントしていないのは、理由があります。第2話では、ひいきのラーメン屋の店長さんの危機を、なじみ客として助けたという構図だったからです。ヨワイ先生がバスターミナルに行った時点では、玄さんはひだまりクリニックの患者さんではありませんでした。ヨワイ先生は、診療行為としてバスターミナルに行ったわけではないのです。

その後、知り合いの玄さんの診療を担当することになるのはどうなのか、という観点もありえます。しかし、家族・親しい友人や、雇用関係のある相手であれば避けるべきですが、行きつけのラーメン屋の店長さん、という程度の関係性であれば、治療構造を乱すものとは考えず、治療を引き受けて差支えないだろうと思います。治療関係ができた後は、大好きなラーメンを食べに行きにくくなってしまうかも知れませんが…。

雨宮は、行きつけのラーメン屋の店長さんの妹として知り合った友達(彼氏の話もしてました)である楓さんの結婚式に出席したということだと思いますが、ヨワイ先生が出席しなかったのは、(単に呼ばれなかっただけかも知れませんが)、治療構造の観点から、とも考えられます。  

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