初めて世に出た「社会的後遺症」を防ぐために必要な「非自発入院」の現場~「Shrink」第2話 双極症より

玄さんを演じた松浦慎一郎さんの演技、素晴らしかった! 
加藤忠史 2024.09.07
読者限定

「精神科医/脳科学研究者 加藤忠史のニュースレター」は、脳とこころに関する出来事、論文、ニュースについて、精神医学・脳科学の舞台裏を交えながら、解説しています。よろしければご登録下さい。

撮影現場の立会い

NHKドラマ「Shrink~精神科医ヨワイ」の第2話が放映されました。良い話でしたね!

双極症をテーマにした日本のドラマがテレビ放映されることはめったになく、それだけでもとても貴重な機会だったと思いますが、以前読んで、良い話だなあ、と思っていたマンガ「Shrink~精神科医ヨワイ」の第2巻が原作であるだけに、さらに期待が膨らみました。

今回、玄さんを演じた松浦慎一郎さんは、第29回東京国際映画祭に出展された映画『かぞくへ』で主演された方。このShrink 第2話を医療監修させていただくに当たり、まずは「本読み」に参加させていただいたのですが、「がんばりすぎないで」でご覧いただいた通り、松浦さんは、僕の拙い説明にもかかわらず、難しい躁状態の演技を完璧にこなして下さいました。本当に素晴らしい役者さんだと思います。

松浦慎一郎さんが、玄さんに命を吹き込んでくれたおかげで、躁状態がどんなものかを、多くの方に理解いただけたのではないかと感じ、本当に感謝しています。

初めて世に出た「非自発入院」の現場

脚本を読んだ時から、躁状態の玄さんが救急外来を受診して非自発入院するシーンの撮影現場には、必ず立ち会いたいと思っていました。

双極症Ⅰ型の躁状態では、ご本人は病気でないどころか、今までの人生で最高の状態だと思っていることも多く、病気であることを受け入れて頂くのは容易ではありません。しかし、躁状態を放置してしまうと、患者さんの人生に大きな傷跡を残します。地位、お金、人間関係、家族…。大切なものを全て失ってしまう危険があるのです。僕はそれを「社会的後遺症」が残る病気、と言ってきました。ちょっと強すぎる言葉では?と感じる方もおられるかもしれませんが、実際、躁状態により失職、破産、離婚といった経験をされた方は多く、そうした事を予防する必要性をご理解いただくには、この言葉も必要かも、と思っています。患者さんが躁状態のままに過ごし、ご家族が振り回されて、ついには全てを失ってしまう…。それを予防するには、患者さんの意志に反した、医療保護入院などの「非自発入院」が必要になる場合があるのです。

非自発入院が一番辛いのはご本人ですが、家族も、そして医療者も、辛いものです。毎日どこかで行われている、非自発入院。その現場を描いたドラマを、僕は今まで見たことがありませんでした。世の中にそういう話が出るのは、人権侵害が行われていた問題事例ばかりです。それ以外にも多くの病院で、精神保健福祉法に基づいた非自発入院が日常的に行われているのに、その現場の実態が表に出ることはありませんでした。そのため、なぜそもそも非自発入院が必要か、ということを理解してもらうことさえ、難しく感じていました。

今回、その現場を初めて描いてくれて、不思議と、何か救われたような気持ちになりました。

保護室のシーン

また、保護室のシーンにも、こだわりました。病識が十分でない患者さんに入院してもらった場合、時に使わざるを得なくなってしまう保護室。保護室に入室したことがトラウマになっている患者さんもいらっしゃいますし、入室しないですめばそれにこしたことはありません。しかし、患者さんの安全を守るために必要な場合もあるのです。 

先日の精神保健指定医講習会でも取り上げられたのですが、保護室入室などの行動制限は、人権の制限であり、身体リスク(深部静脈血栓症など)があり、そして行動制限によるトラウマ、患者さん・ご家族の陰性感情、そして医療従事者の士気の低下など、広汎な問題があります。患者さん本人はもちろん、家族、医療従事者にとっても辛い、三方一両損なのです。それを、患者さんの人生を守るためには他に方法がないために、やむを得ず行う訳です。

非自発入院も、保護室入室も、毎日、日本中のどこかの精神科で実際に起きていることなのに、まるでこの世の中に存在していないかのごとく扱われてきたような気がします。こうした現場を、こうして世に出してもらえたことは、画期的なことだと思います。

入院のシーンは、まるで、僕が生まれて初めて書いた本、「躁うつ病とつきあう」の第一話をドラマ化してもらったような感覚にもなりました。この本を出版する際、関係者に読んでいただいたのですが、何もこんな非自発入院のシーンから始めなくても…と言われました。確かに、一般の方に読んで頂くためには、衝撃的すぎたかも知れません。しかし、誰にとっても辛いこのような現場の実態を、どうしても知って欲しかったのです。

非自発入院や保護室入室が辛い思い出になってしまっている患者さんは少なくなく、もちろん、非自発入院などないに越したことはありません。しかし、そうでもしないとどうしても人生を守れない局面もあります。今回のドラマが、この難しい問題を、今までなじみのなかった方にも考えていただくきっかけになることを祈っています。

色々気になるところもあるかも知れませんが…

今回のドラマの描写では、医療保護入院の告知はあれでは足りないではないか、とか、鎮静したのであればパルスオキシメーターをつけないとまずいだろう、あるいは、説得して病棟に入ってもらうようにもう少し努力すべきだったのではないか、などなど、関係者にとっては、気になることも多々あろうかと思います。しかし、ドラマは時間が限られています。どうか、映っていないところでちゃんとやっているのであろう…と思っていただければと思います。まずはこうした現場があることを世に出してくれただけでも良かったと考えています。

なお、ドラマ中の精神科病棟内のシーンは、原作の表現通りになっています。原作の七海仁さんは、Shrinkを執筆されるにあたり、非常に緻密に取材をされていると伺っていますので、恐らく、精神科病院を実際に取材された際に、こうした病棟風景を目にされたのではないかと想像しております。

実は、この場面は、撮影現場が遠く、日程的にも、立ち会うことができませんでした。できた映像を見て、食堂の場面など、スティグマにつながらないだろうか、と少々懸念もしましたが、実際あのような場面が絶対ないかというと、そうとは言い切れないし、おそらく実際あったのだと思います。座席にこだわっていた方は、知的障害を伴う自閉スペクトラム症の方が、ご家族のご病気か何かでレスパイト入院されていたのではないだろうか、などと勝手に設定を考えておりました。

***

今回のドラマを機に、双極症に対する理解が深まることを祈っております。

ここから先は、双極症の方々への私からのメッセージなので、登録者限定にしておきます。

この記事は無料で続きを読めます

続きは、812文字あります。

すでに登録された方はこちら