テレビでパニック症を放映する意義とは? ~ Shrink第1話より

精神科受診のハードルは下がったが、満足のハードルは?
加藤忠史 2024.09.01
誰でも

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NHKドラマ「Shrink~精神科医ヨワイ」で描かれたパニック症

ドラマは、原作通り、パニック症の話から始まりましたね。パニック発作の様子が生々しく描かれていると同時に、認知行動療法の様子が描かれました。

ヨワイ先生が語っていた通り、パニック症は脳の病気。危険信号に対する過敏性がその基本にあると考えられています。何故ならパニック障害の患者さんは、乳酸を静注する二酸化炭素を吸う、といった刺激で、健常者ではほとんど感じない程度の濃度でも、パニックになってしまうのです。だから、僕は、電車の中、特に次の駅までの時間が長い急行列車でパニック発作が起きやすいのは、閉所恐怖的な意味だけでなく、実際、車内の二酸化炭素濃度が高くなっているせいもあるのではないかと思っています。よって、二酸化炭素に対する反応がパニック症の検査として使えるのではないかという意見もあるようですが、不安を惹起する検査というのは、あったとしても、あまり受けたくはないですよね…。

テレビでパニック症を放映すると…

ドラマShrinkのWebサイトに、「全ての人が気軽に精神科にかかれる日が来ますように」とありますが、精神科への受診への抵抗感を減らすことに貢献することが期待されるこのドラマがパニック障害から始まること、実に納得です。何故かというと、パニック症ではテレビによる啓発の効果が高い、という論文が報告されているからです。何を隠そう、この論文は、僕が書いた論文なんです(笑)。

この論文では、クリニックを訪れた97人の患者さんについて、主訴、クリニックを訪れるきっかけとなったメディア、DSM-IV診断、を調査しました。患者さんの受診のきっかけとなったメディアは、書籍(35%)、テレビ番組(23%)、インターネット(16%)の順でした。パニック症を訴えていた患者さんが実際にパニック症と診断された割合は、テレビ番組が動機となった患者さんでは70%と、書籍が動機となった患者さん(48%)に比べて、有意に高かったのです。

この論文を書いた1990年代末頃、滋賀医大から東大に戻ってきた僕は、週1回、赤坂クリニックで診療していました。赤坂クリニックの理事長である貝谷久宣先生は、パニック症の権威で、その概念が知られるようになった時から積極的に診療・研究を開始され、赤坂クリニックでも、パニック症を中心とする不安症の診療に力を入れていましたので、元々、パニック症の患者さんは多く受診しておられました。

特命リサーチ200X「恐怖のパニック現象を追え」

その貝谷先生が、1997年3月16日放送の「特命リサーチ200X」という番組に出演されました。この番組は、情報番組でありながら、VTRの前後に、 佐野史郎さん、稲垣吾郎さんなどが演じるリサーチスタッフによるドラマが展開されるという興味深い番組で、僕もよく観ていました。この番組の中で、パニック発作を起こす患者さんの様子とそのメカニズム、治療法が詳しく放映されたのです。

パニックになって、動悸、呼吸困難感などに襲われ、死にそうになっている患者さんが、時間が経つとすっかり治ってしまい、救急受診した医師に、検査では異常はないし、何ともない、と言われる。こんなに苦しいのに、異常がないなんて!と患者さんはますます不安に…。

こんなシーンが放映され、パニック症がどんなものか、ありありとわかる内容でした。

次々と訪れるパニック症の患者さん

この番組が放映されてからというもの、赤坂クリニックには連日、パニック症の患者さんが次々と訪れました。一度パニック発作を起こして以来、また同じ事が起こったらどうしよう という不安から10年以上もの間、外に出られなかったけれど、テレビを観て、あっ、私の症状はこれだ!と思い、死に物狂いでタクシーで来ました、というような患者さんが、次々と訪れたのです。今では、パニック症は広く知られているので、10年も家から出られなかった、などという方に出会うことはあまりありませんが、当時はパニック症について、今ほど知られていませんでした。

こうした患者さんをたくさん診察していた僕は、赤坂クリニックでは、受診理由、受診のきっかけなどを受診時のアンケートに書いていただいていたことを思い出しました。これを活用して、何を見て受診したのかと、実際の診断との関連を調べたのです。

その結果、パニック症の本を読んで受診した人よりも、テレビを観て受診した方の方が、実際にパニック症と診断される率が高い、ということがわかりました。

なぜテレビを観て受診した人の診断は正しかったのか?

本を買うのは、既にメンタル面でいろいろな悩みがある方が多いと思われます。一方、上記のような発作が、メンタル疾患によるものだということを知らない方は、そもそもそのような本を買わない訳です。そういう方がたまたまテレビを観て、偶然パニック症というものを知り、自分もそうなのでは?と気付くのです。それがテレビを観て受診した方の方が、確かにパニック症であるケースが多い、という結果につながったのではないかと思います。

この内容をまとめたのが上記の、「Efficacy of media in motivating patients with panic disorder to visit specialists(パニック症患者の専門医受診動機づけにおけるメディアの有効性)」という論文です。

パニック発作の映像化の効果

27年前に比べると、今は格段に精神疾患の理解が進んだな、と思いますが、それでも、今回、Shrinkで、パニック発作のリアルな様子が放映され、それに対する対処法が示されたことは、大変なインパクトがあり、多くの方の印象に残ったことでしょう。

パニック発作に陥ると、死ぬのではないかという恐怖に襲われるため、救急車で救急病院に運ばれる方も少なくありません。しかし、救急車が病院に着くまでに、パニックは収まってしまいます。着いた病院で、検査では何の異常もないから心配ありません、と言われると、逆に、死ぬほど苦しいのに何ともないとは!と、心配ないどころか、ますます不安に陥ってしまうのがパニック症です。

今回のドラマでも、パニック発作とは何かがわかりやすく描かれ、パニック症の対処法が詳しく取り上げられたことで、これまで、正体の知れない発作に悩まされ、悶々と苦しんでいた方が救われることを祈っています。

ドラマと現実

とは言え、ドラマはドラマ。野暮を承知で、現実との違いにも言及しないわけにはいきません。ここからは、ドラマに浸りたい方は読まない方が良いと思います。でも、ドラマをご覧になって精神科受診を考えられた方には、ぜひ知っておいていただきたいのです。

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この第一話は僕の担当ではないので、放送で初めて見たのですが、僕が担当なら、"ドラマ上の演出です"とテロップを入れてください、などとお願いして、ディレクターを困らせたかも知れません。このドラマによって精神科を受診するハードルは下がりましたが、患者さんに満足していただけるハードルは、少々高くなってしまった危険があるからです。

現実の診療

認知行動療法は、基本、面接室で話し、ホームワークを出す形で行われますので、あのように、精神科医と看護師が認知行動療法のために現場に付き添うことはありません。大河ドラマ「光る君へ」の中で、道長とまひろが街中で出逢って恋に落ちるくらいにあり得ません! でもそれがドラマの宿命。そうじゃなきゃ、ドラマは面白くないですよね?

だからこそ、冒頭、「野暮を承知で」と申し上げた訳ですが、もし、現実で、今回のような治療をしていたら、その間、他の患者さんはどうなってしまうのでしょうか? 日本の医療は基本、誰でもいつでもどこでも低コストでかかれるというシステムです。こんな医療が実現している国は他にないのです。そのかわり、欧米と比べると「薄利多売」的なシステムです。米国の精神科医に、日本のメンタルクリニックでは、午前中に30人くらいの患者さんを診ることも珍しくない という話をすると、非常に驚かれたりするのですが、日本の医療システムにおいては、患者さんの診察にかけられる時間が米国より圧倒的に少なくならざるを得ないのです。その代わり、アメリカのように、病気になって治療費で破産した、というようなことはないのです。ドラマのように、1人のパニック障害患者さんにあのように時間と人手を割いていたら、ひだまりクリニックの家賃も、雨宮さんの人件費も、電子カルテ使用料も、全然払えません。おそらく葵さんが受けているのは高額の自費診療でなく、保険診療のようでしたので、残念ながら、あれは認知行動療法のコンセプトを知っていただくための演出とご理解下さい。

それから精神科医が駅で患者さんに会ったとしても、パンを勧めたりする事もあり得ないでしょう。挨拶さえも控えるかもしれません。精神科治療は医師と患者さんとの距離を常に一定に保つことが絶対に必要なことなのです。

原作の七海仁さんは、この辺りを注意深く書かれていますが、ヨワイと雨宮が葵(原作ではパニック症の回に登場するのは「北野薫子」)と一緒に認知行動療法のために駅や保育園に行くシーンや、駅でヨワイがパンを勧めるシーンなどは、いずれも原作にはない、テレビオリジナルのシーンです。今回のシーンは、ドラマスペシャルの、「つかみ」的な、サービス映像としてお楽しみいただくのが良いかと思います。

医師と患者さんの距離の取り方については、第3話でしっかり描かれることになると思いますし、主演の中村倫也さんも、インタビューの中で、実際の精神科医の患者さんとの距離の取り方を念頭に置いて、リアリズムと理想のバランスをとって演じたと語っていらっしゃいますので、ドラマShrink全体としては、間違いのない、確かなメッセージを発信してくれるものと思います。

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ドラマ「Shrink~精神科ヨワイ」、来週はいよいよ「双極症」の回です!

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