NHKスペシャルに見るうつ病研究の最前線

「病への挑戦」で紹介された研究を深掘りしてみる
加藤忠史 2026.09.27
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NHKスペシャル「病への挑戦」第2週「うつ病」では、最新の研究内容が紹介され、実に先進的な内容でした。研究中の治療法も含まれ、すぐ明日受けられる治療の話ばかりではありませんでしたが、今後、うつ病の診断・治療が変わっていく、その方向性を予感させる内容だったと思います。また、私がいつも言っている、「うつ病は顕微鏡で見える病気」という言葉を取り上げていただけて良かったです。

番組に登場している先生方の中には、慈恵医大の鬼頭伸輔先生、鳥取大学の岩田正明先生はもちろん、ヘルシンキ大学を訪問した際にお会いして議論したカストレン教授、以前ラボにも来てくれたMichael Berk先生の同僚のジャッカ教授など、個人的に親和性のある方々も少なからず含まれていました。

今回の番組では、スタジオでの登場に加え、全体の内容も監修させていただきました。ディレクターの山本高穂さんは、「ダーウィンが来た!」や「サイケデリックス・ルネッサンス」を担当された方で、論文執筆や学会発表もされ、Research Mapのアカウントもお持ちという、サイエンスのバックグラウンドを持つ方です。それだけに、番組制作においては、こう言わないと伝わらないが、ここまで言ったら言い過ぎにならないか、など、ぎりぎりの真剣勝負の議論を行いました。以前、理研脳センターでアウトリーチ委員長を担当していた頃、利根川進先生と立花隆さんの「生命と物質」みたいな企画ができたら良いね、などとよく話していたのですが、脳科学に精通したジャーナリストが少なく、苦労しました。ついに山本さんのような、脳研究にも通じた科学ジャーナリストの方が現れたことは、感無量です。

番組で紹介された研究の一つ一つには膨大なバックグラウンドがあり、限られた時間の中では伝えきれないことがたくさんありますので、この場で、言い足りなかったところに解説を加えさせていただきたいと思います

ニューロモデュレーション

番組では、tDCS (transcranial Direct Current Stimulation)が取り上げられました。こうした、電気刺激によるうつ病の治療法は、ニューロモデュレーションと呼ばれます。tDCSは、その中でも最も新しく、それだけに効果があるかどうかまだ議論が尽きない手法です。

ニューロモデュレーションの元祖は、80年前からあるECT、すなわち電気けいれん療法で、今でもこれが最も有効で確実な方法として広く行われています。もし、抗うつ薬が効かなくて困っておられ、番組を見てニューロモデュレーション治療を受けたいという方は、保険診療で受けられるECTかrTMSをまずご検討いただければと思います。

とはいえECTは、麻酔をかけて行うため、通常は入院が必要となるので、もう少し手軽にできる方法が欲しいことは確かです。そういう流れの中で、RCT(ランダム化比較対照試験)で効果が検証され、アメリカやヨーロッパでtDCSが承認されました。このRCTは、自宅でtDCS を行うものでしたが、正しい使い方をしっかりと遠隔指導するプロトコールになっていました。一方、まだ科学的根拠が十分とはいえず、承認は時期尚早だという意見もあります。日本ではまだ臨床試験も始まっておらず、もし機器を入手できても、日本で医療機器として承認されたものではありませんので、どうかご注意下さい。(日本の医療システムでは、本当に有用であることがわかれば、多少のタイムラグがあっても承認されると思います。)

rTMS(経頭蓋磁気刺激)は、番組に登場した鬼頭先生の慈恵医大病院をはじめ、多くの病院で実施されています。番組収録の時点で、ウェッブサイトに公開されていたのはNeuroStarという装置によるrTMSの保険診療が行われている99の病院だけでしたが、次に承認されたBrainswayという装置を用いた保険診療も18の病院で行われており、現在のところ、合計117の施設で行われていることになります。

なお、rTMSが保険適用になるのは、抗うつ剤を使用した経験があって、十分な効果が認められない成人のうつ病患者です。軽症例や、ECTの適応となる重症例には保険適用がありません。効果が確認されていないような症状や病気の方に、高額の自費診療で行うことを勧める病院もあるので、注意していただきたいと思います。中には、とりあえず、光トポグラフィーを行って、その所見から、rTMSが必要だ、と言葉巧みに高価な自費診療に誘導するところもあるようですので、ご注意下さい。

うつ病と食事

番組では、オーストラリアのガイドラインで食事のことが書かれていることが紹介されていました。日本のうつ病ガイドラインでも、「規則的な食事」を含む「生活習慣の改善」が、基本として位置づけられています。一方、その他の治療として自然食品などを検討することがある、としつつも、「自然食品などの単体による治療は提案しない」と明記されています。

中等症以上のうつ病を食事だけで治すことは出来ませんが、欠乏するとうつ病を引き起こす栄養素は色々あります。例えばビタミンD、ビタミンB1などのビタミン類、魚などに含まれるDHAなどの不飽和脂肪酸、亜鉛などの微量元素などがあります。

うつ病予防に良いとされている食事には、地中海食、日本食、ケトン食など色々あり、この方法だけが良い、という訳ではなく、良い食事にも色々ある、ということだと思います。

なお、これに関しても、正常範囲の検査結果をもとに、極端な栄養指導を行って、高額サプリメントを売りつけたりするクリニックもあるのでご注意いただきたいと思います。

BDNF

抗うつ薬が、セロトニンを介してBDNFを増やし、シナプスを増やす、というのは定説になっています。ストレスで樹状突起が萎縮することを見出した故McEwen先生と、抗うつ薬がBDNFを増やしてシナプスを増やすことを見出した故Duman先生に、共同でノーベル生理学医学賞を受賞して欲しかったものです。

それに加えて、番組に登場したカストレン先生(Dr. Euro Castren)は、抗うつ薬がBDNFの受容体であるTrkBに直接作用するという説を唱えている訳ですが、こちらはまだ定説とは言えません。今後の研究が期待されるところです。

炎症

番組では、ミラー先生が指先の血液からうつ病の検査を行っているシーンが登場しました。何かすごい検査法があると思われたかも知れませんが、そこで測っていたのは、日常の臨床検査で感染症などの時に簡易なマーカーとして普通に測定しているCRPを高感度測定したものです。ご自身のデータなどをお持ちの方は、番組に登場した患者さんの8.9という値はすごく高いと思われたかも知れませんが、日本では、CRPの単位として、mg/dLが使われていまるのに対し、アメリカで使われているのはmg/L。1mg/dL=10mg/Lですので、番組に登場した患者さんの検査結果は、日本で言えば0.89。軽いかぜや歯の炎症でも見られる程度の、軽度の炎症所見です。うつ病や双極症で炎症マーカーが上昇していることは多く報告されており、我々も以前、さまざまな炎症マーカーを測定したことがありますが、上昇しているといっても、測定感度ギリギリの軽度の上昇でした。うつ病に対する特異性がある訳ではなく、CRPが上昇していてもその理由は色々考えられますので、臨床検査として使うのは時期尚早といったところでしょう。

安静時機能結合MRI(rsfcMRI)

番組では、ウィリアムズ先生の、安静時機能結合MRIによるうつ病の分類の話が紹介されました。同様の試みは、Conor Liston氏のグループ、銅谷賢治先生と故山脇成人先生のグループ、川人光男先生のグループなどが行っています。データ駆動型に分類するのか、医師の診断との一致度を見るのか、といった考え方や、分けたサブタイプと治療反応の関連を見ているか、他のデータセットで確認しているか、といった点で各々異なるアプローチをとっており、どの方法が良いか、一致した見解には至っていません。とはいえ、社会実装に最も近いのは、既にXNefという会社を立ち上げて診断機器としての開発を進めている川人先生のグループかもしれません。

番組の中では、うつ病が6つのサブタイプに分かれる、という話がありました。

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続きは、756文字あります。
  • 炎症に対する治療
  • おわりに

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