双極症~Ⅰ型とⅡ型の関係
Ⅰ型とⅡ型は違う病気ではないのか、同じ双極症とくくって良いのか、というご質問を何人かの方からいただきましたので、読者の方々向けに回答させていただきたいと思います。
うつ病と双極症に分かれた訳
双極症が「躁うつ病」と呼ばれていた頃、「躁うつ病」の中には、反復性うつ病も含まれていました。そのため、1990年に発行されたグッドウィンとジャミソンによる大著「躁うつ病」のタイトルは、2007年の第2版では、「躁うつ病: 双極症と反復性うつ病」に変わりました。実際はほとんど双極症のことしか書かれていませんが…。
話がそれますが、このジャミソン先生は、双極症を専門とする心理学者で、ご自身が双極症Ⅰ型を持ち、「躁うつ病を生きる」という本にご自身の壮絶な体験を書かれています。僕が1995~6年に文部省在外研究員としてアイオワ大学精神科に行っていた折に、共同研究のため、ジョンズホプキンス大学に行きました。その時、ちょうどこのジャミソン先生の学生向けのセミナーがあるというので、せっかくの機会だし出てみる?と言われて、是非に、と参加させてもらいました。ジャミソン先生はすごい早口でお話され、「私は自分の細胞一つ一つまでが躁うつ病なの!」と仰っていたのが印象的でした。その後にお会いしたときはとても穏やかな方でしたので、気分の波の影響もあったかも知れませんが、「細胞の病気」は私にとって大きなインパクトがありました。
ということで、反復性うつ病を含む概念だった「躁うつ病」ですが、その後、アンクスト先生による長期のフォローアップ研究から、躁状態のある方のほうが再発が多い、ということがわかり、うつ病と双極症を区別することになり、名前も双極症に変わりました。
このように、双極症とうつをまとめて「躁うつ病」と呼ばれた時代から、「双極症」と「うつ病」に分けられた訳です。
双極症がⅠ型とⅡ型に分かれた訳
では、この双極症が、さらにⅠ型とⅡ型に分かれたのは、なぜでしょうか。
実は、双極症がⅠ型とⅡ型に分かれた、という訳ではなく、双極症の他に、特定不能の双極症という、困った時に使うような診断分類があって、この「特定不能」が「Ⅱ型」に変わったという経緯でした。すなわち、今で言うⅠ型が、元々は双極症とされていて、そこまではっきりしない、という「特定不能の双極症」の中にも、ある程度はっきりした一群がある、ということでⅡ型になった、という感じです。
特定出来たのなら、一緒に双極症に入れれば良かったのではないか?とも思えますが、敢えてⅠ型とⅡ型に分けたのは理由がありました。
「同じ双極症でも、躁状態で入院したことがない人(Ⅱ型)は自殺が多い」「躁状態で入院したことがある人(Ⅰ型)の家族には同じタイプの人が多く、躁状態で入院したことのない人(Ⅱ型)の家族にも、同じタイプの人が多い」といったデータです。
もし、Ⅰ型がⅡ型より重症な病気なのだとしたら、Ⅱ型の方が予後が良いはずだけれど、必ずしもそうとも言えない、Ⅰ型の方が重症なら、Ⅰ型の家族にもⅡ型が多いはずなのに、そうではない、といったことから、この2つは重症度の違いということではなく、生物学的に異なる背景を持つ病気だ、ということで、Ⅰ型とⅡ型に分かれた訳です。
冒頭で、Ⅰ型とⅡ型では違う病気ではないのか、というご質問をいただいたと述べましたが、ご指摘の通り、生物学的に異なる病気と思われたからこそ、Ⅰ型とⅡ型と分けることになった訳です。ですから、研究の際に、分けて分析した方がよりよい結果が得られると期待されます。
臨床試験を行う時にも、その薬が確実に効果を発揮する患者群を選びたい訳なのですが、現在、双極Ⅱ型と診断されている方の中には、うつ病に近い方、パーソナリティ症に近い方などもいらっしゃり、双極症の為に開発された薬が奏効しない方も含まれてしまう可能性があります。そのため、双極症Ⅰ型のみを対象として臨床試験を行えば、より確実だということで、対象を限定することがあります。
ただ、現時点では、Ⅰ型とⅡ型の原因の違いが明確にされる程には研究は進んでいません。私見ですが、まずはⅠ型の原因を解明し、Ⅱ型の患者さんのうち、Ⅰ型と同じ病態を持つ人とそうでない人を区別できるようにし、Ⅰ型と異なる病態の患者さんについては、更なる研究を進め…という順で研究が進んでいくのではないかと思います。
糖尿病のⅠ型とⅡ型と同じ
このように、原因が異なると考えられているⅠ型とⅡ型ですが、元々、躁的な状態とうつ状態の両方があるという点で、症状がよく似ていたから一つの病気と考えられていた訳ですし、それに加えて、気分安定薬や非定型抗精神病薬を予防に用い、抗うつ薬の使用には注意する、といった薬物療法や、生活リズムに注意するといった心理・社会的治療など、多くの面で共通です。
糖尿病のⅠ型とⅡ型の場合、血糖上昇するという症状は同じで、治療においてもインスリンの使用などの共通点があるものの、Ⅰ型はインスリンが出ない、Ⅱ型はインスリンに反応しない、という原因の違いがあります。どちらが重症、という訳ではありません。原因は違うけれど、インスリンの血糖降下作用が不足して、血糖が高くなるという点は共通です。
双極症のⅠ型とⅡ型の場合も、症状が似ていて、治療にも共通点があるものの、おそらく原因に違いがあります。ハイな状態は、Ⅰ型の躁状態の方がⅡ型の軽躁状態よりも重症なのは間違いありませんが、うつ状態は双極Ⅱ型のほうが長く、自殺も多いなど、どちらが重症、という訳ではありません。
糖尿病のⅠ型とⅡ型のように、双極症のⅠ型とⅡ型の原因の違いを特定して、最適な治療に結びつけるよう、更に研究を進めていく必要があると思います。
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